ステッカー帝国の復讐 Young-Adult Fiction = ORE-ginal Edition 001

 今ではない遠い記憶。

 脳の奥底の、海馬と言うより古皮質がDNAの螺旋の中に封じ込めているような、根源的で感覚的な記憶。

 それが僕には在る。微かだけど、確かなものだ。

 蜘蛛の糸ほどに脆い導線を辿れば、朽ちそうな程に色褪せた記憶がシナプスの伝達と共に呈色反応を起こしていく。

 キラキラと驚いて、ドキドキと惑わせて。

 30年前、僕は確かにあの世界の住人だった。

 振り返ればそこには、キリン面の男……あれは、そう、仲間だ。彼だけじゃない。たくさんの仲間たちがいた。

 キリン男は言うだろう。

「もしも君が吾輩を忘れてもきっとまた会える。それが記憶の神のご意志だから」

 思い出せ、あの頃を。もう1度、取り戻せ。

 僕は確かに何かを忘れてしまった。

 大事な大事な約束を、あのキリン男と交わしたんだ。

 ”復讐”はまだ終わっちゃいないんだ。 

 起源からすべてを、今1度繰り返そう。僕の脳に眠る創世神話の旅に出よう。

 驚愕と胸の鼓動を強いられる旅へ、心に貼られた封印を解いて……。

  001

 旅をしていた。
 長い距離を歩いた。まだ、これからも歩く。
 向かっているのは次の街で、その町を越えたらまた次の街を目指す。それを繰り返さなければならない。何度も何度も。目指しているのは遥か彼方で、それは例えば、三蔵法師の天竺を目指した道のりに等しい。
 シルクロードも確かに険しかっただろうけど、僕たちの旅路も中々に困難だ。荒れた大地。メソ魔メリアと呼ばれるこの大陸は、まさにそれだった。大陸全体が荒野で、風には砂が混ざる。
「ぁあ、また、もう!」
 猿の様にぴょんぴょん飛び跳ねながら着いてくる頭蓋骨、それも、顔中に刺青のような文様が入ってる、が悲鳴を上げた。
「シュウ、ニカワイナゴが顔に貼りついたぁ、取ってくれぇ」
 情けない声。もう何度も聞いたフレーズだ。だけどそれも仕方がない事。この大陸の風に混ざるのは砂ばかりではない。大陸中に群生するニカワイナゴの体液は強力な瞬間接着剤で、潰れた瞬間にそれは広がり、どこにでも貼りついてしまう。見れば、刺青髑髏の眉間にベッタリ、イナゴの亡骸がくっついてしまっている。彼は頭蓋骨なので、当然手がない。だから、手を持つ誰かが取ってあげなければならない。そもそもその役は、刺青髑髏の所有者であるフードの男の担当である筈なのだけど、彼は極度の潔癖症で手を汚そうとは絶対にしない。無言で、無視を決め込んで歩いている。
「シュウ君頼むよ~、ミーには手がないんだからさぁー」
「声帯もない筈なのに、どうやって喋ってるんですか」
 前々から考えていた切り返しを決めると、刺青髑髏は「シュールだ、カオスだ」等と意味不明の言動を繰り返すので、僕は仕方なく、前の街で購入した帝国印のイソプロピルアルコール『イソプロ豚』を噴射するのだった。
 除去作業をしていると、
「風が止んだ」
 突然、フードの男が呟く。
 僕が三蔵法師なら、彼はこの旅の孫悟空だ。猿という意味では、実は髑髏の方が近いのだけど、これはこれからの記憶で、それを現時点では混同させられないので、今はそういう事にしておいてほしい。
「ふぅー、砂風にはもう飽き飽き。止んでくれた方が」
 と、言いかけた刺青髑髏も何かを察したのか言葉を止めた。
「だりーなこりゃ」
 食い気味に、爆音。後方。爆音の正体は!? 振り返ってもそこには濛々と砂埃のカーテンが遮蔽。何も見えない。しかし、気配は確かに。それも殺意が鋭いタイプ。唸り声と共に実態を顕現させる、それは。
「ハイコレドーーーーーーン!!!!」
 出た。鳴き声がそのまま名乗りのハイコレドンだ。ニカワイナゴと同じく、メソ魔メリア全土に分布する収集癖のある怪物である。人間の知るところでは恐竜に近いビジュアルだが、ニカワイナゴの体液で岩などの鉱石、或いは、自分が気に入った物を体中に貼りつけている。一般的な個体は岩で装飾するが、中には単一の宝石、例えば、黒曜石だけで体を覆う個体もいるのだというが、本当に存在するならさぞ綺麗な事だろう。ちなみに目の前に現れたのは……
「こりゃ珍しいネ、木のハイコレドンだよ! シュールだね!カオスだね!」
 何が嬉しいのか刺青髑髏はそう言ってはしゃぐと、僕の手元を見た。僕が握っているのは、杖代わりにしていた木の枝だ。
「あー、なんかそれがほちい、って顔してるヨ」
 ハイコレドンは収集欲の強い生物だが、更に言えば独占欲や所有欲も強い。人が持ってる物は自分でも欲しくなって仕方がないのだ。
「こ、こんなの要らない要らない、あげるよ!」
 慌てて差し出そうとしても、もう遅い。
「ハイコレドーン!!」
 叫びながら、瞬きもさせないスピード感で猪突。これで猪。あとはカッパが出れば良い。
「うわぁ!」
 僕はその場に尻もちをついてしまった。情けないけど、僕は未だ小学校5年生なんだ。巨大な怪物に凄まれたら、身体が竦んで動けなくなってしまう。虚弱な少年に対して、メソ魔メリアには容赦というものがない。孫悟空がいなければ、三蔵法師も旅は続けられない。
「切っ先、タン舌ブレードッ!!!!」
 声の音沙汰が響く。
 フードの男は、フードを脱いで、少し小高い丘の上に逆光で立っている。その顔は人じゃない。キリン、そのものだ。その口から長い舌が伸び、それに絡めとられたウッドハイコレドンの足はもつれ、たまらず転倒する。その爪が、僕の3センチ前の大地に振り下ろされる。
「シュウ、早く逃げるんレロレロ」
 舌を伸ばしたまま喋っているので語尾はレロレロだけど、めちゃくちゃカッコイイ。僕は「はい!」と勇気をもらって、立ち上がる。刺青髑髏も一緒に、と思ったけどもう先に逃げていなくなっていた。逃げ足は速い。
「レロレロロー!」
 いつかキリン児は言っていた。この技の弱点は、そう言わないと戻せない事だ、と。舌を収納した魔狂は懐から神事に使うような道具を取り出した。ウッドハイコレドンは起き上がり、正気を失ったようなまなざしで草食動物顔の男を睨みつけ、吼える。
「降りかかる火の粉は払わなければならない!」
 そう言いながらキリン男は左手で印を組むと、詠唱を始めた。
「闇の静寂(しじま)に、海の蜆(しじみ)に、夜の随(まにま)に、人の魂(アニマ)に! 魔にマニ車! 大回転!!!」
 仏具の転経器を右回りにカラカラ回すと、魔狂キリン児の使徒(アパスル)としての力が増幅され、音と呼応し反響する。
「カンラカラカラーーーー!!」
 マニ車の回る音はウッドハイコレドンの脳髄に直接作用する。
「ハイコレドーーン!!」
 苦しそうに叫ぶとそのまま耐え切れず、ハイコレドンはその場に突っ伏して倒れ込んだ。
「ハイコレドンの倒れる音は、やっぱりドーン。シュールだね」
 いつの間にか隣にやって来ていた刺青髑髏がそんな風につぶやいた。上手い事言ってるようで、全然いいねもつかないし、リツイートもされないつぶやきだけど。
 ヒーロー着地で魔狂キリン児が降り立つ。
「キリン児ありがとう! 助かったよ!」
 僕は賛辞の言葉を贈る。しかしその時すでに、彼の脳は大惨事なのだ。
「へべれけ~」
 目の焦点が合っていない。
「うわっ、キリン児!?」
 説明しよう! と言わんばかりに刺青髑髏が割って入る。
「魔にマニ車は強力だが、1度使うとキリン児はしばらく混乱してしまうのであーる。だりーなこりゃ。カオスだね」
「俺は誰だ、此処は何処だ……?」
 キリン児はふらふらとうわ言を千鳥足に乗せて、そのままどこかへ歩き去ってしまった。
「そのうち戻って来るだろ。おや?」
 刺青髑髏が何かに気が付く。
「まだ何かいる??」
 視線を合わせたその先に、小動物がいる。
「あー、ありゃハイコレドンの子供だね」
「え? あれが??」
 僕は驚いて聞き返す。だって、全然その見た目はゴツいハイコレドンと違い、丸っこくて小さかったから。わらび餅に目鼻がついたような感じだ。
「今斃したハイコレドンの子供でしょうか?」
「どうだろね。だとしたら寝覚めが悪い。だりーなこりゃ。シュウ君あの子、捕まえて来て」
「え?! 僕がですか?」
「ユーの他に誰がいるのかね。もし万が一親子だったとしたらほら、やっぱり今? コンプライアンス的にまずいって言うか? ハイコレドン殺しちゃってる時点で結構視聴者の皆さんショック受けてるかも知れないし? BPO的な? 動物保護団体的な? そういうのが事務所の周りを取り囲んだりしちゃう可能性も無きにしも非」
「あーはいはい、わかりました、分かりましたよ! この世界にそんなのないですけどね!!」
 僕は渋々、ハイコレドンの子供に近づいた。丸っこい小動物は、特に怖がる様子もなく、じっとこちらを見つめている。かわいいかも知れない。
「こっちにおいで」
 そう声をかけると、
「バイバイ!」
 と言いながら駆け寄って来る。
「え? バイバイ!? なのに来るって、ちょ」
「バイバイ! バイバイ!!」
 どうやらこの「バイバイ」と言うのは鳴き声のようだ。
「おー珍しいね、ハイコレドンはハイコレドンしか言わないのかと思ってた」
「髑髏さん、この子どうしましょう?」
「見たところユーに懐いてる様だから、置いておくのも悪いしペットにでもしたら? 名前でも付けてさ」
 僕の上半身をぐるぐると高速で駆け回り続けるハイコレドンの子供は、確かに懐いているように見えた。そう言えば僕は子供の頃、何かペットが欲しかったんだ。トイプードルとか、そういう感じの。
「よーし、決めた! 今日からお前はバイバイだ! よろしくね、バイバイ!!」
「バイバイ!!!」
「喜んでる言葉に聞こえないけど、喜んでるみたいだね。シュールだね」
 こうして、また新たな旅の仲間が増えた。僕、人間部シュウは旅をしている。メソ魔メリア大陸中央、チャクラロードを縦断する極めて困難な旅だ。この旅には、意味も使命もある。その事は追い追い話していくとして、今はマスコット誕生を喜ぼう。
 ハイコレドンの子供バイバイと、戦いは全くできないけど物知りな髑髏さん、そして、かっこいいけどどこか抜けてるキリン児さんと、旅の仲間は心強い。だから砂埃が目に入っても、僕はもう涙を流さない。ただ前を向いて、光のある方に進み続けるだけだから。
「おー、帰って来たな。キリン児君、正気に戻ったかーい?」
「おっぱいがいっぱい……」
「!?」
 ふらりと現れたキリン児は何故か、体中に女性物の衣服を纏わりつかせている。
「こら、この変態ぁいいいーーー!!」
 推測すると、近くにオアシスがあって、そこで女性の一団が水浴びなどをしていたのでしょう。そこへキリン男が闖入し、ふらふらとコント的な足取りで、かけてあったお召し物などをひっかけてしまい、さながらそれは下着泥棒の所業に相違ありません。疑われても仕方がないというもの。手に手に武器を持った半裸の女性たちが怒涛の勢いで追いかけてきます。
「き、キリン児後ろ後ろ!!」
 そのタイミングで我に返るキリン児!
「こ、これは何事。ああ、吾輩は何故こんな格好に。これは白、イチゴ! 桃色遊戯破廉恥な!」
「待てこの変態キリン男ーーーーー!!!!」
「ど、ぅ、ひゃぁーーーーーーー!!!」
 飛び上がるキリン児。そこで世界の時間が止まり、当たりが真っ黒になって顔の部分だけ丸く残る。そして、一言。
「次回もお楽しみに!」
 どうやら僕たちの旅は始まったばかりだ。

  つづく

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